低亜鉛血症とは

解説ページ

生体と亜鉛

亜鉛の働き

亜鉛は生体内微量元素であり、亜鉛を必要とする酵素は体内に300種類以上あります。亜鉛はこれらの酵素活性部位に位置してアポ蛋白の構造安定や触媒反応に働いています。また、亜鉛はタンパク質の立体構造において、zinc fingerと呼ばれる亜鉛を含む堅く安定した構造を形成できることから、DNAポリメラーゼなど一部の酵素で構造上不可欠となっています1)。このほか、細胞内外においてシグナル因子としても機能しています(亜鉛シグナル)。亜鉛シグナルは細胞の増殖、分化、アポトーシス、小胞体ストレスといった基本的な恒常性にかかわり、生理的には免疫、神経、成長、骨格、内分泌等にかかわっているため2)(表1)、亜鉛シグナルが破綻すると様々な疾患・症状を引き起こす要因となります。

表1 亜鉛の個体への関与3)

表1 亜鉛の個体への関与

亜鉛の吸収・体内動態・排泄3)

  • 食事から摂取される亜鉛は主に十二指腸、空腸で吸収され、吸収率は20 ~ 40%程度です。吸収過程では、亜鉛は銅と拮抗することが知られています。また、フィチン酸は亜鉛の吸収を阻害します。
  • 腸管より吸収された亜鉛は血中に入り、アルブミンあるいはα2-マクログロブリンと結合して全身の臓器に運ばれます。
  • 亜鉛は生体内に広く分布し、60%が筋肉、20 ~ 30%が骨、8%が皮膚・毛髪、4 ~ 6%が肝臓、2.8%が消化管・膵臓、1.6%が脾臓に、その他、腎臓、脳、血液、前立腺、眼などの臓器にも多く存在します。
  • 亜鉛の排泄経路は膵液中への分泌を介する糞便中への排泄が主であり、尿中への排泄は極めて少ないです。その他、汗への排泄経路があります。
  • 血液中の亜鉛の約80%は赤血球、約20%が血清中、約3%は血小板や白血球に存在します。したがって溶血血清では見かけ上、値は高値になります。
  • 各臓器に運ばれた亜鉛は、細胞内でメタロチオネイン(Metallothionein、MT)と結合して細胞内の恒常性を保ちます。
  • 近年、亜鉛トランスポーター、細胞内亜鉛シグナルの役割が注目されています。細胞質への亜鉛輸送には14種のZrt-Irt様タンパク質(Zrt-Irt-like protein、ZIP)が、細胞外あるいはオルガネラ内への亜鉛輸送には10種のZn輸送体(Zn transporter、ZnT)が関与しています。

亜鉛の推奨量・適正摂取量

「日本人の食事摂取基準4)」では、亜鉛の摂取推奨量は、成人男性で9.0~9.5mg/日、女性で7.0~8.0mg/日です。妊婦、授乳婦ではそれぞれ2mg/日、3mg/日が付加量として示されています。一方で、「国民健康・栄養調査報告5)」では、平均亜鉛摂取量は、男性、女性ともに20歳代以降で推奨量に比べてやや少なく、摂取不足気味であると言えます。特に、妊婦・授乳婦の摂取量は推奨量に比べて著しく少ないことが分かります(表2)。

表2 亜鉛の摂取量および推奨量3)~5)

表2 亜鉛の摂取量および推奨量

亜鉛不足をきたす要因

亜鉛不足の要因は様々であり、年齢的な特徴があります。成長期にある乳幼児・小児では摂取量不足や吸収障害、成人では摂取量不足、薬剤投与や糖尿病・肝疾患など慢性疾患により発症することが多いとされています(表3)。

表3 亜鉛不足をきたす要因3)

表3 亜鉛不足をきたす要因

*1:長期に服用していると味覚障害を合併する薬剤(これらの大部分は程度の差はあるがキレート作用を持つ):D-ペニシラミン、L-ドーパ、炭酸リチウム、インドメタシン、イミプラン、酢酸フルラゼパン、ビグアナイド、メチマゾール、チオウラシル、アロプリノール、アンピシリン、アザチオプリン、カルバマゼピン、抗がん剤化学療法

亜鉛不足が原因となる疾患・症状

亜鉛不足が原因となる疾患・症状として、以下のようなものが挙げられます(表4)。

表4 亜鉛不足状態にみられる病態3)

表4 亜鉛不足状態にみられる病態

亜鉛不足を招く疾患

以下のような疾患は、亜鉛不足を招くことが知られています(表5)。

表5 亜鉛不足を示すとされる疾患3)

表5 亜鉛不足を示すとされる疾患

低亜鉛血症の概念

低亜鉛血症と亜鉛欠乏症の違い

低亜鉛血症とは、亜鉛不足状態を血清亜鉛値から捉えたものであり、血清亜鉛濃度が低下し、生体内の亜鉛が不足した状態を指します。
低亜鉛血症を必ず伴う疾患として亜鉛欠乏症があります。亜鉛欠乏症は、亜鉛欠乏による症状と検査所見(血清亜鉛値)から捉えたものです。「亜鉛欠乏症の診療指針3)」における亜鉛欠乏症の診断基準では、血清亜鉛値が60μg/dL未満を亜鉛欠乏症、60~80μg/dL未満を潜在性亜鉛欠乏としています。従って体内の亜鉛不足状態において低亜鉛血症と亜鉛欠乏症には共通項がありますので、以下、低亜鉛血症のご紹介に併せて亜鉛欠乏症の診断と治療についても、ご紹介致します。

低亜鉛血症の治療

食事療法

血清亜鉛値が低下している場合、亜鉛含有量の多い食品を積極的に摂取するように指導します。亜鉛含有量の多い食品は以下のとおりです(表6)。

表6 亜鉛含有量の多い食品の例(日本食品標準成分表2020年版(八訂)より計算)3),7)

表6 亜鉛含有量の多い食品の例(日本食品標準成分表2015年版(七訂)より計算)

亜鉛欠乏症の症状が見られ、血清亜鉛値が低い場合、食事からの亜鉛摂取では不十分で、亜鉛補充療法が必要となる場合があります。

亜鉛補充治療(ジンタス・ノベルジン


1) McCall KA, et al.:J Nutr 130 : 1437S-1446S, 2000.
2) Walsh CT, et al.:Environ Health Perspect 120(Suppl 2) : 5-46, 1994.
3) 𦚰野 修ほか. 日本臨床栄養学会雑誌 2024;46(4):224-288
4) 厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)」
5) 厚生労働省「国民健康・栄養調査報告(令和元年(2019 年)版)」

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